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総士が再び幼い姿になってしまってから、三週間。暦はもう十一月になってる。
「一騎、…あのね」
三日で一歳ぐらいの割合で総士は成長し、今は十二歳くらいだ。
…多分、一度は通った道だから今回は比較的スムーズに育ったのだろうと
甲洋は言うけど。
「うん?どうした総士」
オレには、総士が無理して大きくなったような気さえする。
何かに追い立てられているみたいな感じだ。
「僕のこと…怒ってる?」
「何で、何をだよ?…オレお前になにかイヤな態度でもとってたか?」
だってそうでなきゃ、総士がこんな事言い出す理由がない。
「ちがうよ、一騎はいつもやさしいもん。でも…だって僕、また小さく
なっちゃったから…」
そうか、そんな風に考えていたから…焦って成長しているように見えたのか。
「別に怒ったり呆れたりしてないぞ?それにもう総士は追い抜いたじゃないか。
…この前居なくなった時の年齢をさ。だからそれを喜ぶけど、怒ったりなんか
しない」
「一騎…」
ほわ、と総士が安堵の笑みを浮かべる。こういう表情を見ると、確実に総士は
成長してるんだなと嬉しくなる。
「それに、こう言うと頑張ってる総士に失礼だけどさ、オレは総士の可愛い姿を
何度も見れて嬉しいよ」
写真だって沢山とれたし。手を出せないのは辛いけど、それはオレが我慢を
すればいいだけの話だ。
「うん…ありがとう、一騎」
頬を染め、嬉しそうに微笑って。総士はオレの手を両手で包んでそっと
力を籠めた。
それがまるで抱きしめられてるみたいで…至福を深く感じる。
「オレも、ありがとう。総士」
「え?」
「ここに居てくれて、ありがとう」
総士の苦労は、オレには想像する事も出来ないけど。
だからせめて感謝の気持ちだけでも伝えたい。
「うんっ」
ぎゅう、とオレを包む手に更に力を籠められて。総士が喜んでくれているのが
伝わってくる。
その倖せにふやけるほど身を浸そうとした所で…玄関からインターフォンで
呼ばれる。
「……誰だろ」
「剣司かもしれないよ?行ってみようよ」
そっと手を離し、今度は片手だけで手を繋いで総士がオレを引っ張る。
…まあこれも悪くないか。
気を持ち直し玄関を開けると、そこには。
「遠見…?」
「…っ」
複雑そうな表情をして遠見が立ってて…総士は彼女の姿を認めるなりオレの
後ろに逃げ込んだ。
…そういえば総士が実体化出来なくなったの、遠見との喧嘩のせいだなんて
言ってたっけ。
「どうしたんだ、遠見」
それを思い出したら少し声が低くなっちまった。
「あの、…私、……皆城君に謝りに来たの」
何だって?
「今頃?」
「一騎!!」
あんまりムッときて言い捨てたオレを咎める様に呼び、総士が遠見の前に立つ。
「僕が、遠見と話すから。一騎は待ってて?」
一瞬、総士の目が戦闘指揮してた頃の色になって。
「う…ん」
オレはもう言葉を継げなくなっちまった。
「……ごめんなさい、皆城君。私…あんなに酷いこと、言うつもりじゃなかった。
…あなたが当て付けなんかであんな風にしてるんじゃないって分かってたけど、
あの時は感情が押さえ切れなくって…」
ごめんなさい。頭を思い切り下げて、震える声で遠見が言うのを、総士は
柔らかな瞳で見つめる。
「もういいんだ遠見。僕なら大丈夫だし、誤解されるようなやりかたをしていた
のにも責任があるんだから」
「違うの、…春日井君が言ってた通りだったみたい、私」
何なんだ、一体何があったんだよ?
「認めたくないけど、でも…」
「もういいよ、頭を上げて?僕は遠見がこうして会いに来てくれただけで嬉しい。
…たとえ存在を許してもらえなくっても、きっと僕はここにいる。だから」
…っあ!!
「誰も悪くないって思ってほしい。甲洋も、…遠見も」
総士の奴、下げたままの遠見の頭を胸元に抱いてあまつさえ撫でてやがる…!!
「っうん…」
「せっかくの誕生日なのに、わざわざ僕のために時間を割かせてごめんなさい。
…ありがとう」
「…知ってたんだ、皆城君」
やっと遠見が総士から離れて顔を上げる。その瞳は少し潤んでて…狡さを
感じてしまう。だってオレは何も事情を知らずにこうしているだけなのに、
総士をあんな大変な目に会わせた遠見は抱きしめられたり慰められてるなんて。
「うん」
「ありがとう、知っててくれて。…自分のイヤな部分を認めたくなくて、謝りに
来るの遅くなったけど。誕生日だからって思い切って来て良かった」
「遠見…」
ふわ、と二人の間の温度が和らいだ気がして。オレはもう我慢出来なくなって
二人に背を向けた。
「っ一騎君?」
これ以上二人のやりとりを見たくない。
「皆城君、一騎君行っちゃうよ?私はいいから」
「…、……」
総士が何を言うのか聞きたくなくて、オレは思い切り耳を塞いで二階へ
駆け上がった。
悔しい悔しい悔しい!!オレの知らない総士のことを、遠見が知っているなんて。
総士がオレ以外の奴に触れて微笑いかけるなんて!!
ずっと待っていたのはオレだ、それなのに。
「くそッ」
何ですぐに追いかけて来ないんだよ総士!!
こんなに嫉妬してるのにどうしてフォローに来ないのかと我儘な事を考えて、
ふと。嫌な予感に見舞われてオレは耳から手を外し耳を澄ませた。
ずるずると何かを引き摺る様な音がして、次いで玄関の戸が開閉される音。
…まさか総士の奴、遠見と一緒に出て行ったのかよ?
「……っ」
畜生、何回総士を傷付けたら気が済むんだオレは!!
「総士!!」
段を飛ばしながら階段を駆け降りて、…気付いた。
「血…?」
作業場から玄関戸まで、点々と血痕が続いてる。血の跡なんて、さっきまでは
なかった。
「これ…総士の…っ」
一気に鼓動が跳ね上がる。跡が玄関に続いてるって事は、総士は怪我したまま
出て行ったって事じゃないか!!
「っ総士!!」
乱暴に戸を開けて、……オレは立ち竦んだ。
「……っ」
玄関から少し離れた、数段上の階段に総士が膝を抱え座っていた。
―――声を殺して泣きながら。
「そ…総士、お前怪我…っ」
慌てて身を寄せ膝をつき、ズボンが裂け出血している膝を見てみる。
「と、とりあえず応急処置しよう」
「……っ」
ぶんぶん首を振って総士は顔を伏せた。
「ああそっか、抱き上げたら痛いよな…でも、ここじゃ吹きっさらしで寒いだろ?
ちょっとだけ我慢してくれ」
出来るだけ落ち着いて言い聞かせてみたけど、総士はまた首を縦に振らない。
「声、出せないくらい痛いんだろ?早く手当てしないと」
「ゃ…っ」
「総士?」
もしかして、さっきのオレの態度に怒ってるのか?
「一騎、怒ってるんでしょ?っ僕の声、聞きたくないくらいキライって…思っ…」
しゃくりあげて言葉にならないらしい総士は、じっとオレを見つめてる。
「怒ってないし嫌ってない!!さっきのはただの嫉妬だ、だから手当てさせてくれ
総士…っ」
「…ほんとう?」
「信じてくれ」
そうっと頬を撫でて涙を拭う。こうしてる間にも出血は酷くなってるのに…。
「でも、一騎の家が汚れちゃう」
だから家から出たのか?
「お前が痛い方が嫌だ。それにもう…総士の家だろ」
「一騎…」
「中に入るぞ。いいな」
強引に抱き上げて言ったら、やっと総士は頷いた。
「ちょっと滲みるけど我慢してくれ」
「うん、…っ」
恐る恐る消毒液で血を拭き取り、傷口を見る。思ったよりは深くないみたい
だけど…。
「総士、これどうしたんだ?」
「さっき、遠見に帰ってもらったあと…一騎を追いかけようとしたら転んで、
…スコップで切っちゃったんだ」
スコップって…壁に立てかけてある大きいやつか!!
「オレが逃げたから…っ!!ごめん、ごめんな総士…っ」
とりあえずガーゼを当てて包帯を巻く。
「ううん、僕が一騎を怒らせたからいけないんだ。声も聞きたくないって
思われてるのに…部屋を血で汚したらもっと怒らせて嫌われちゃうって
思ったから、外に出て血が止まるの待とうって思って…」
「オレはただ…総士が遠見と仲良くするのみたくなくて逃げたんだ。
オレだけを見てもらいたかったから」
そんな下らない妬心が総士をこんな目に合わせたんだ。
「ごめん総士。後でたくさん謝るから、先に病院行ってちゃんと処置して
もらおう?」
オレなんかの手当てじゃどうしようもない。既に包帯には血が滲み出してる。
「その必要はない」
「え?」
まずは遠見医師がどこにいるかを電話で確かめようと立ち上がったら、
どこからともなく声がして。
「私が治してやる」
「あ、ミョルニア…」
「母さ…ミョルニア、さん」
彼女は中空から現れてふわりと着地すると、オレに顔を向け微笑した。

「私と皆城総士は近い存在だから、治す事が可能だ。その間一騎は血のついた
体と服を綺麗にして、この子供の服でも用意して待っていればいい」
「え、あ…はい、お願いします」
困惑しながらも頷き、指摘された自分の手や服を見てひやりとした。
…こんなに、総士の血がついてたなんて。
それだけ総士が出血したんだと改めて思い知らされて、今更震えがきた。
「一騎、僕なら大丈夫だから」
「…ん」
まだ痛みはあるだろうに、総士は笑顔でオレの背中を押した。
「着替え、用意してくるから。ミョルニアさん、総士をよろしくお願いします」
「安心しろ、私はこの行為に関して失敗はしない」
「はい」
心強い言葉をくれてオレに背を向け、総士の傷を治しはじめた彼女に安心して。
オレは足早に身支度を整えに行った……。
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