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「よし、もう完治した」
「ありがとう、ミョルニア」
 あっという間に僕の傷を治して、ミョルニアは僕の顔をじっと見る。
 本当は、傷を残しておきたかったって思ったの聞こえちゃったのかな。
「皆城総士」
「はい」
 いつも以上にきびしい口調で呼ばれて、背筋を伸ばして返事すると。
 ミョルニアは少し寂しそうなカオをして言った。
「一騎を悲しませるような事はするな」
 僕はこのカオを知ってる。島の女性と同じ、「お母さん」の表情だ。
「…はい。ごめんなさい」
「分かればいい」
 ふ、とあまり僕には見せない柔らかな笑みを浮かべて頬を撫でられ、…一騎に
 似ているその表情に胸を騒がされる。
「一騎を、任せるぞ。今後私が関わらなくても良い様にお前が守れ。出来るな?」
「はい。…でも」
 まるで、このまま島から消えてしまうみたいな…何か固い決意みたいな色を
 感じて、思わず服の裾を握り引き止める。
「何だ」
「また一騎に会いに来るよね?一騎は会いたいと思っているよ?」
「………そうか」
 少し嬉しそうに見えるのは、きっと気のせいじゃない。
 一騎を悲しませたのはいけないけど、彼女が一騎に少しでも母性を発現させる
 のなら…怪我をしたのも悪くないと思う。

「総士ー、着替え持って来たぞ」
「うん、…あっ」
 しばらく考えにふけっていたミョルニアは、一騎の声を聞いた途端姿を消して
 しまった。…もしかしたら照れているのかもしれない。
「あれ?もう行っちゃったのか?」
「うん…」
「もう一度ちゃんとお礼言いたかったのに」
 淋しそうに呟いて、一騎の腕が僕を攫う。
「けど、怪我が治って良かった。…本当にごめんな総士、謝っても心の傷は
 消えないだろうけど…」
 優しく抱きしめられている、それだけで僕は充分倖せなのだと伝えたくて
 同じように抱き返す。
「一騎がこうしてくれるだけで僕は傷みなんか感じなくなるから。だからもう
 謝らないで…」
「総士」
「大好きだよ、一騎」
 ちょっとだけ身体を離して、一騎の唇にくちづけたら一瞬硬直して…それから
 すごい勢いで押し倒された。
「総士…っ」
「わあっ」
 ど、どうしよう…っ!!一騎がキス魔に…っ。
 顔中にキスしたと思ったら、今度は服をめくっておなかにキスされて。
 くすぐったくてしょうがない。
「や、っ一騎…」
 だけど、くすぐったいって言うと一騎はがっかりするかもしれないし、
 いやだって言ったら悲しむかも…そう思ったらなにも言えなくなって。
 僕は必死にがまんする。
「……っ」
 あんまりくすぐったいのをがまんしてたら、涙が出てきて。
 情けないから一騎に見つかる前に拭こうとしたら。
「っ総士、ごめんオレ…」
 僕が泣いてると思ったのか、一騎は僕の顔を見ると、慌てて身体を離して
 抱き起こしてくれた。
「お前がキスしてくれたの嬉しくて…。怖がらせるつもりじゃなかったんだ!!」
「違うよ一騎、……怖くないよ、ただ…」
 なんとか呼吸を整えて、正直に告げることを決心した。
「ただ?」
「お、おなかが…くすぐったくて。でも言ったら一騎、僕が子供でがっかり
 しちゃうかなって思って」
 自分の子供っぽさが情けないのと恥ずかしいのとで、言葉の途中から一騎の
 顔が見れなくなってうつむく。
「せっかく一騎がたくさんキスしてくれてるのに僕…」
 もう十二歳だし、きっと頑張れば一騎とえっちだって出来るはずなのに。
「そっか、…良かった、脅えられたんじゃなくて。けどごめんな我慢させて。
 …ごめん」
 そうっと僕を抱きしめて、一騎がこっそりためいきをついた。
 どうしよう、もう僕とはキスしたくないって思われた?
「僕もっと頑張るから!!だから続きしてよ一騎…っ」


「へ?…えぇっ?な、ななに言ってんだよ総士ッ」
「だってためいきついたよ一騎。…僕が子供だから全然楽しめないんでしょう?
 でも今度は大人みたいにする!!ちゃんとするから…っ」
 嫌だ、一騎に子供だからつまらないって思われるのは。
 そう思ってるのに、子供の証みたいに流れ出した涙が止まらない。
「かずきぃ…」
「…そんなに可愛い事言われたら理性が吹っ飛ぶだろ?せっかく踏み止どまった
 のにさ」
 くす、と笑って一騎が涙を拭ってくれる。
「溜め息ついたのは自分の情けなさにだ、総士。お前が元に戻るまで、やらしい
 ことはしないでおこうと自分で決めたのに、キスされたら嬉しくてそんなの
 忘れてさ。…情けないだろ?」
「っそんなことないよ…」
 だって僕は嬉しかったんだ。
「そうか?じゃあオレが情けなくないなら、総士だって子供じゃない。
 …そう思ってくれよ」
「一騎…」
「な?」
 うん。
 たったそれだけなのに、また泣き出しそうで声に出せなくて、かわりに
 うなずくと。
「よし、じゃあ着替えよう!!それで、この続きは総士が十四歳に戻ったら
 しよう。な」
「…っう、ん」
 今度はなんとか返事して、僕は一騎から着替えを受け取った。
「……一騎、僕着替えるから」
「うん」
 にこにこ笑って、一騎は僕をじっと見つめている。
「あの、…」
 駄目だ、ちゃんと言わないと一騎に通じそうにない。
「は、恥ずかしいからむこう向いてて…!!」
「え」
 きょとんとした顔で一騎は瞬きを繰り返してる。何でそんなこと言うのか
 わからないって思ってるみたいだ。
 …いつもお風呂だって一緒に入ってるけど、今はどうしても恥ずかしいんだ。
「駄目…?」
「ああいやごめん、気付かなくて!!背中向けてるから、着替え終わったら
 教えてくれ」
 もう一度だけと思って訊いたら、一騎は慌てて背中を向けてくれた。
「ごめんね一騎、すぐ着替えるから」
「いいよ急がないで。…今日は何も用事ないんだしさ、一日のんびりしような」
「うん!!」
 あんまり嬉しくて一騎に抱きつきそうになるのを必死に押さえて、僕は大急ぎで
 着替えをした。
 少しでも長く、一騎との時間を過ごしたいから―――。







「あ」
 怪我をして、ミョルニアに治してもらった翌日。深夜に実体化が解け、
 明け方に再度実体化したら。
「あと少し、だ」
 僕は十三歳の身体を生成出来ていた。声変わりもしている。
 ゆうべまでの子供っぽい声を、一騎は惜しむだろうか。
「一騎」
 寝ている一騎を起こさない様、ひっそり呼んでみる。
「もう少し、待っていてくれ」
 そうっと髪を梳き愛でながら、僕は静かに待ち侘びた。
 夜明けが来て、一騎と対話する時を。




「一騎。時間だ」
 やがて朝が来、日課になっているモーニングコールをいつも以上に心を躍らせ
 告げる。
「ん、うん…」
「一騎」
「あー…おはよ総士……今日はまだ実体化しないのか…」
 眠そうに目をこすりながら身体を起こし、やっと。
「っ総士!!お前…」
「ああ」
 一騎は僕の姿を視認し表情を輝かせた。
「うわ…ちょっと立ってみてくれよ」
「…ああ」
 僕を立たせ、自分も正面に立ち一騎が吐息する。
「そういやお前、中学上がるなり身長伸びて声変わりもしてたもんなー…」
「一騎は均等に伸びていた。…なかなか追い越せなくて悔しかったんだ、僕は」
「そうなのか?」
 そっと手を伸ばし髪に触れ、それから一騎は僕を強く抱きしめた。
「…もう少しだな総士」
「あと一年分だ一騎。だからもう少し待っていてくれ」
 温もりに陶然としながら抱き返し、ねだる。
「待っていてくれ。…僕だけを」
「決まってるだろそんなの。…ずっと、待ってるよ」
 ぽんぽんと背を撫でられて、更に甘えたくなる欲求を押し込めて告げる。
「一騎、そろそろ支度を始めないと」
「あー…何でこういう日に限って早番なんだよ〜」
「同感だ」
 思わず本音を零しながら台所へ行き、一騎との目線が近くなった喜びを
 噛み締め朝食の支度を始めた。
「総士、今日も写真とっていいか?」
「ああ」
 想像以上に嬉々として笑みの絶えない一騎にこころをくすぐられながら。